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節分 まるかりぶの 悪習~。

恵方とは もともと 陰陽師によって導かれた天文学由来によるものである。

まるかぶりとは 花柳花街の世界で 客や旦那が 遊女に 自分の一物を咥えさせて 遊んだものだ。 

それを 模して 金儲けの材料にしたのが さまざまな業界の人々である。

大人が スーパーやコンビニで太巻きを買ってきて 

女児に食べさせるなんて どうぞ 止めてほしい。

節操もあったもんじゃない。

テレビの女子アナに太巻き食べさせて 恍惚してる映像なんて 流さないでほしい。

もうちょっと しっかりしようよ。大人たち。。。。。。
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食トレについて~ シゲラー論あれこれ

とあるプロスポーツ選手から 【食事トレーニング~食トレ】についてアドバイスを求められた。

昨今は 体重を増やして 体を大きくすると有利だから 食べて増量しろ。
っと指導命令しているチームや団体が多い。

成人の場合 ある特定の一面において 不正解でない事実はあるが 総じて正解ではない。

まして成長期の子供の場合は ある種虐待的側面がある。

私は 【養豚場のブタ化トレーニング】とか【養鶏場のケンタ化トレ-ニング】として

即刻止めるように忠告している。

そもそもこの【食トレ】は とある少年野球チームの先駆者が、
世界的スポーツ界の場で戦うために導入したという
非常に特殊な環境下において発祥したものだ。

その特殊事情において
パワーアップをはかりそれを選手に【食事トレーニング】として落とし込んだ歴史がある。

それはそれで良い。

中学生~高校生くらいのチームだと子供の成長段階においては

体が大きい方が有利だからと

【食え食え】と指導目標立てているところがほとんどである。

腹を空かせた選手が 自分が自分の意志で どんどん食べることは非常に良いことだ。

栄養価に富んだ食事を 腹いっぱい食べることは とても良いことであると思うが、

何日までに どれだけ増量してこいとか 食事にノルマを課すとか

泣きながら 吐きながら 苦しいと感じながら 食べる食事など なんの意味もないし、

トレーニングとして成立するはずもない。

そもそも 食事量や筋肉量は その受容体(レセプター)によってその量が支配されているもので、

気合いとか 考え方で 開放されるものではないし、

いやいや食べる食事など 脳科学的観点からしても ナンセンス以外何モノでもない。

子供の成長期において 優先させなければいけないトレーニングとは、

【体の使い方】を覚える神経トレーニング そのものだ。

中学生や高校生の成長期のピークにある子供たちにこそ導入しなければいけないにも関わらず

真逆の食トレとは 笑止千万であることを 指導者は まず自覚しなければならない。

【体重を増加させることで ケガが減った】っということをいう団体もあるが、

それも間違いである、

そもそも 体の使い方を覚える前に増量したことで 同じ動作や所作が筋肉量で補完しただけで、

近視眼的観点のおいて成立しただけのものであって、根本的にあさはかなんであります。

体を大きく食トレしたことによって 後々 大きなケガをしてそのまま引退したり

その後 大してパフォーマンスが上がらなくなった選手が多いことにいつの間にか

目をそらして 見てみないふりをしている関係者も多い。

本当に 子供たちの未来や脳化学を鑑みたとき 

今すぐ、この食トレを止めて 好きなように食べさせてあげたら良い。

大人が 指導しなければいけないのは ジャンクフードやコンビニ飯とか甘味料入り飲料とか

大人が開発した長期保存できる食事をできるだけ避けて

もともと存在した 自然の食べ物~

 玄米とか 和食とか 有機野菜とか 煮沸茶など

をできるだけたくさん食卓に並べて食べさせてあげることである。

大人がその手間暇を惜しまないことである。

そして 子供たちが その食事をみて 

【おいしそう~】

【おいしかった~】

と感じてもらうことである。

それが ほんとうの 【食事トレーニング~食トレ】なんであります。

おしまい。。。

発泡酒の哀愁~。

大阪都

元来 日本人は 「変化」を嫌うよね。

職場でも学校でもボランティアでも、

今までと違うことが 発生したら

まず 「でも・・・」ってなるよね。

そんな民族ダから、否決されたんだね、きっと。

橋本さんは、希有な人だから、辞めちゃうのは、惜しいと思うけど、

政治家になるきっかけとなった故たかじんさんとの 約束は 充分すぎるくらいやり遂げただろうし、たかじんさんも 「よう~ガンバったんちがう?」って 言うと思うから、好きに辞めさせてあげたい。

最後の最後で 帳尻損食らうのは、政治失脚のレール引いた大阪人だよ。

なんでって、都構想の理念誕生は、メリットデメリットじゃなくて、純然たる公僕思想をもった橋本さんが産み出したんだから、それを損得勘定で否決した大阪人の罪は、将来自分にかえってくるよ。

言い方悪いが 天に向かって唾吐いてるんだよ。いづれ 天に向かった唾は、自分の顔を汚すことになるよ。

平和ボケだな。僕も市民も!

世が善くなる大転換期だったのに、

近いうちに 自分の唾が自分の顔に返ってきて、

やっと 学習するんだろう~。

極めて 残念!

親の責任 判決に シゲラー論

サッカー少年だけでなく 小さなこどもを持つ親御さんには 大いに興味のある議論百出の判決になったと思います。

最高裁の判決は 親の責任は無しということで 終決しました。 

この裁判について 非常に不可解なことがあり シゲラーなりの見解を書いてみたいと思います。

① 85歳の高齢者が単車を操作する危険回避能力の是非の不可解。
ボールが転がってきたとき この老人は それを予知したり、危険場面の対応能力に問題があったはず。昨今そういう能力の欠如が免許返納というルールを構築している社会背景を考察する必要がある。


② 転倒時骨折 一年半後 肺炎により 死亡の不可解。
果たしてこの事故が 死因の因果にどの程度関与したのか? 甚だ疑問が残る。
骨折してから 2年近く経過した肺炎が死因である以上 なぜ この転倒事案に死因の責任範囲が及ぶのか?

③ 死亡してから 3年を経過している訴状提起の不可解。
遺族が この少年の蹴ったボールが原因で死亡したとするなら、なぜ 3年も経ってから 裁判を起こしたのか?
背景に 損害賠償金をアテにした 『扇動家』が.いるのではないか?

④ 裁判の論点が 『親の責任』になっている不可解。
少年が蹴ったボールが 死亡した原因であるならば、初めから死亡原因に是非を裁判で争ったら良いはず。
しかし そこの『親の責任』に論点をすり替え 初めから『損害賠償金取り』が.みえみえである。
元来 損害賠償金は 『取れるところから取る』というのがセオリーであるので 
資力ない当事者子供からは 取れないので 親の責任を追及するというテクニカルな匂いがプンプンする。

こういう観点から

わたしは 死亡した 85歳のご老人やその遺族に同情の余地をまったく持ち得ない。

平均寿命を生きた年齢であるし、一定の運命的事象として 遺族をそれを容認したら 神は安息の未来を用意したはず。

長年の裁判事件の経過と 一銭も見受けできなかった判決に 徒労だけが 残ったはずである。

ただ心配するは 当時 少年だったこの子が 何かのトラウマに呪縛されて 人生のジャッジをしてしまわないか?

その一点である。
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